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2018-11

お山を降り、再び熱田社へ

 
   都から、再び西への旅立ち ← はじめから読む。

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昨夜は、御所さまから、
「そなたもわたしと同じ墨染めの袂であるのが懐かしく思われ
ることだ」
などと承るだけでなく、

私が幼かった時のことまでさまざまおっしゃったことさえもそっく
りそのまま今も耳の底に残っております。。


御所さまの面影は私の袖の涙に宿り、石清水のお山を出まして、
北の方角である都へと向かいましたけれども、私の魂はそのま
まお山にとどまってしまったかのような心地がしながら帰ったの
でした。




さて、それにしてもこのまま都に留まっているというわけにもいき
ませんので、

去年思い立った写経供養の宿願を果たそうかと、試みにまた熱田
神宮へ参詣することにいたしました。

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ご下賜の小袖を上に重ねて

 
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せめて御所さまが摂社お宮巡りをなさるお姿だけでも、もう
一度よそながら見拝できたらと思いました。

その際には、このような墨染めの衣姿であっては、まるで私
であることをお知らせするようなものだと考えまして、いただ
いた白い小袖を上に着ることにいたしました。



そのまま女房たちの中に交じってお姿を拝見いたしますと、
御所さまの御法衣姿が昔のお姿とは変わっておられるのも
、しみじみとした思いでございます。

階段をお上りになるときには、中納言である藤原資高(すけ
たか)が、その時には侍従の宰相と申したころであったでしょう
か、御所さまのお手をお引き申し上げてお入りになられました。

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立ち去りがたい思い


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むなしく残る御所さまの面影を袖の涙に残して、その場から退出
いたしましたものの、まるで夢の中で夢を見ているような心地で
ございました。


今日だけでも、何とか今一度ゆっくりお目にかかる機会でもないだ
ろうかと思い、その場を立ち去りがたい思いではありましたけれど、

「いや、このようにみじめな姿の私がお目にとまったのは思いもよら
ないこと。

きっと、このような姿になったのも、ふがいない私自身の誤りとお思
いになられたことであろう。

いい気になってこのまま逗留し、またのお召しを待っている様子であ
るとみえるのも思慮のないことと思われるにちがいない」


などと、われとわが心を戒めて、そのまま都へと出立した私の心のほ
どを推し測っていただきたいものでございます。

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恋 衣

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御所さまのおそば近くに伺候しておりましたゆえの移り香が、
私の墨染めの衣に残りとどまっている心地がいたします。



御所さま御下賜の白い小袖は人目にも怪しく目につきやすい
ので、やむをえず御形見として衣の下に重ね着いたしまして、

悲しくはあるけれども、

重ねしも むかしになりぬ 恋ごろも いまは涙に 墨染めの袖
(たがいに恋衣の袖を重ねて契りをかわした仲も昔のこと、
 今は墨染めの袖に重ねて涙に濡らすことですよ)

と、心の内で思っておりました。

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人知れぬ情愛


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御所さまはお立ちになる際、お肌に召された小袖三枚をお脱ぎに
なられまして、

「秘密の形見だよ。身からはなさないようにな」

と、お召しになっていた小袖を私にくださったのでした。


私の心の内は、これまでのことも、これから先のことも、来世で闇に
迷うこともすべて忘れて感きわまり、何とも言葉では申し上げようも
ない思いでございました。




夜は無情にも明けてしまったので、

「ではな、また」

とおっしゃって、戸を引き立てて去られたあとのお名残惜しさもまた
申し上げようもございません。

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短夜 の 逢瀬


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御所さまは、

「よくもまあこれ程までに歳月は隔たったけれども、そなたを見
忘れることのなかった私の心の深さをよくよく分かっておくれ」

というお言葉から始まり、昔のことや今のこと、移り変わるこの
世の習いをやるせなくお思いになられておられることなど、あれ
これ仰せになりました。


それを伺っておりますうちに短夜は間もなく明け方の空になった
ので、

「この参籠の間は必ずそなたも籠もって、またゆっくりとした気分
で逢おうぞ。心静かに話もしたいものだ」

とおっしゃって、お立ちになりました。

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後深草院 に招かれて


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何とも逃れようもなくてそちらに行き、御殿の北の端の妻戸の
所に控えておりますと、

「そこではかえって人目に立つ。中にはいりなさい」

とおっしゃられるそれは、紛れもなく昔と変わらない後深草院の
お声なのでした。


これはどうしたことだと思い、胸を衝かれたようで少しも動かれ
ないでおりますのを、
「はやく、はやく」 とお招きになります。

ご遠慮してもかえって失礼かと思って、私は内に入ったのでした。

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わたしを見つけ、声を掛けていただいた方は 一体誰れ

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歳月が過ぎようとも、御所さまのことは心の内でお忘れすることは
ございませんでした。

いつぞやの年、もうこれまでと思いあきらめて院の御所を退出しま
した時、この世でお目にかかるのはこれが最後だと思っておりました。


それに、このような墨染めの法衣を着て、霜雪霰に打たれてしおれ果
てた我が身のあり様を、だれも分かるはずはない。 いったい誰が私
だと分かって見つけたのであろうと不思議に思ったものです。

女房たちの中に私を見とがめる人がいて、
「もしや見間違いではないかとは思うが、」
と尋ねられるようなことはないだろうか などと思っているうちに、北面の
武士が一人こちらに走ってきて「早く」とせかすのでした。

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後深草院 の 御幸


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楼門を上るところあたりで、召次(めしつぎ)と思われる者が近づいて
きまして、

「そこのお方、馬場殿の御所へおいでなさい」
と言います。

「どなたかが、おいでになっていらっしゃるのですか。私のことをご存じ
でおっしゃっているのでしょうか。 
私には、そのようなことをお伺いする心当たりがありませんが。今ご一
緒しているこの人たちのことではないですか」

と申しますと、

「そうではございません。間違うはずはありません。あなたの事です。
一昨日から富小路殿の一院である後深草院が、こちらに御幸しておら
れるのです」

と言うのです。

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石清水八幡宮 で 後深草院 に逢う


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この御所は石清水の総務を監督する検校(けんぎょう)などが
籠もる際にも開くことがありますし、

道中で、院の御幸があるのだと教えてくれる人はなかったので、
まさか院がこちらへおいでになっているとは思いもよらないで、

そのまま石清水御所の前を過ぎて行ったのでした。


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プロフィール

雅忠女

Author:雅忠女
正嘉2年(1258)生まれ。父、村上源氏・久我雅忠〔中院大納言・正二位〕 母、四条大納言隆親の娘。
二歳で母と死別、四歳より後深草天皇の宮廷で育つ。十四歳から、後深草院に上臈女房として出仕、併せて院の寵愛を受けることとなる。三十二歳の時、出家のうえ諸国行脚の旅に出る(先人西行に倣った旅と跋文に記す)。

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