2017-10

The place 江の島 岩屋



江の島へ行くには、最寄り駅として3つの駅があります。


 江の島駅から弁天橋へ
江の島へ渡る為の「弁天橋」に近いのは「片瀬江ノ島駅」でしょうか。


そして、

  江の島神社全景絵地図




 岩屋への地図


江の島の岩屋洞窟は、島の西側にあります。 (↑クリックで拡大)



江の島展望灯台に上って、入島時に渡った「弁天橋」方面を見ると、

 湘南海岸を望む



頂上にあるレストランです。

 島の頂上にあるレストラン


 素敵な眺望



   眺望も良く、




外国に旅行しているような雰囲気でした。




島を降りながら、西側にすすむと、


 岩屋の方面


 山を下って反対側へ



岩屋洞窟に行き着きます。


 岩屋の入口






 岩屋入口から行くことができる 島の西海岸です。

 岩屋入口付近の海



 この辺りから 二条の尼 は都に思いを馳せたのでしょうか。


江の島に着く


     <二条尼の旅路> ← 話をはじめから読む

          kei_003.jpg


 三月二十日過ぎのころに、江の島という所に着きました。その所の
有様はたいそう趣深くて、言い表す言葉もないくらいです。

ひろびろとした海上に浮かぶ島、そこの岩屋がいくつもあるところに
その日は泊まりました。 そこを千手の岩屋というのだそうです。

難行苦行を重ねて年をとったのであろうと思われる山伏が一人修行
をしていました。


霧の立ちこめた籬、竹の編戸など、粗末ではありますが優雅な住ま
いでした。 山伏は場所にふさわしい貝などの食事を出して私たちの
世話をしてくれました。

          kei_003.jpg



三島社 で 八乙女舞


     <二条尼の旅路> ← 話をはじめから読む


          kei_003.jpg


 「神楽」ということで、巫女が舞を舞うのですが、その手振りも見慣れない
目新しいものでした。


「ちはや」という あこめのような衣を纏い、八少女舞という舞を舞います。三、
四人が立っては入れ違って舞うその有様が興があっておもしろいので、一晩
中そこに座って夜を明かしたあと、

鶏の鳴く声にうながされて、私は三島の社を出たのでした。


          kei_003.jpg



     舞姫の正面

  <2017年9月15日 鎌倉・鶴岡八幡宮で奉納された 八乙女舞>


講座:挿入 『とはずがたり』前編 巻三の最終場面 について


 後深草院二条、宮廷人として最後のお勤め

 北山准后 九十賀  
            ↑
(文字の上をクリックで、お読みいただけます。)


kei_005.jpg


  <長寿であった 北山の准后(じゅごう)四条貞子

二条が御所から追放されて祖父四条隆親の邸に移ったのは、鎌倉時代中期、
弘安6年(1283)7月ごろのことと『とはずがたり』にある。

その翌々年に北山の准后(じゅごう)貞子「九十の御賀」の宴が開かれている。


この賀宴に二条も参列するようにと声を掛けてくれたのは両院(後深草・亀山)
の母である大宮院であった。 准后とは西園寺実氏の室、大宮院と後深草院
の正后東二条院の生母。そして、二条にとっては大叔母に当たる。

准后は祖父四条隆親の姉であり、二条も幼い頃より可愛がられていたという。


大宮院は亀山(大覚寺統)贔屓であったようだが、二条に対しては好意的で
あった。早くに母を亡くし、後宮入りとなって直ぐに又父を失った二条を可哀想
に思っていたことであろう。


その大宮院の御陵が京都東山の南禅寺にあると知って驚いた。南禅寺の中
に「南禅院」がある。 亀山院の別荘であったところに亀山院亡き後 陵(分骨)
が建てられて寺となっている。

その「南禅院」を見下ろす小高い山の中腹に、大宮院は眠っておられるので
ある。


蛇足ではあるが、准后 藤原貞子は正安4年(1302)10月1日没。107歳の長
寿であったという。

「生涯現役」として著作や講演など幅広く活動してきた聖路加国際病院名誉
院長の日野原重明(ひのはら・しげあき)さんが今年7月18日に逝去された。

 105歳だった。






The place   三島神社

<2014年6月9日に・・・>

三島は、曇りから晴れ、 爽やかな風が心地よかったのですが、昼を過ぎ
る頃には陽射しが強くなってきました。

   三島大社 (1)
      大鳥居をくぐって参道を進むと、

   総門
      総門です。


  本殿 (1)
    歴史を思わせる古木が多い、厳かな雰囲気の境内。鬱蒼と繁った
    広い鎮守の森を背に 三嶋大明神 は鎮座していました。



東海道に面し、伊豆地方の玄関口として下田街道の起点に位置する伊豆
の国の一の宮です。


『とはずがたり』には、東海道を下って鎌倉にやってきた二条尼が参詣して
います。

正応二(1289)年、三月の半ばころのことでした。





   旧東海道
      旧 東海道です。 

どの通りも花が綺麗に飾られていて、植物の手入れも行き届いているのに
感心させられました。



   せせらぎ

富士山の伏流水が湧き出て 清流が街の中を流れていました。 


三島は訪れた人に、「こんな街で暮らしてみたい」と思わせるような、
素敵なところでした。



伊豆の国 三島大社 に参詣

 
     <二条尼の旅路> ← 話をはじめから読む

         kei_003.jpg

 伊豆の国の三島神社に参詣しました。奉幣の儀式は熊野参りと変わり
ません。長筵(ながむしろ)などが敷いてある様子も大層神々しい様子で
した。

ここには亡き頼朝の右大将が始められたという 「浜の一万詣で」 とかい
う参詣がありました。 由緒ありそうな女房が、壺装束で行き帰りする様
子は苦しそうに見えました。

けれど、それでも、この私ほどのもの思いをしていることはあるまいと思
われました。


宵を過ぎるころになってやっと月が姿を現すという時分ですから、夜も早
く明けてしまうかのように思われて、今から物足りない心地がします。


          kei_003.jpg



The place 宇津の山越え


   宇津の山地図


二条尼は「清見が関」を過ぎ「浮島が原」から富士山を眺めながら、

そういえば「宇津の山」を越えたにもかかわらず、気が付かず過ぎて
しまっていたと言います。



駿河の国の“歌枕(うたまくら)”で詠んだ歌も『伊勢物語』九段の、

宇津の山にいたりて、わが入らむとする道はいと暗う細きに、蔦
かへでは茂り、もの心細く


の箇所を受けて、「蔦、楓も見えなかったので気付かずに過ぎて
しまっていた」というものでした。





<アクセス>

JR静岡駅北口からバス「中部国道線」で約30分
「宇津ノ谷入口」または「坂下」下車



      道の駅宇津ノ谷峠

「道の駅」宇津ノ谷峠静岡市
営業時間/8:00~19:00(3~10月)/9:00~19:00(11月~2月)
休館日/12月31日~1月1日
電話/054-256-2545

宇津ノ谷峠(うつのやとうげ)は、静岡市と藤枝市の境界に位置する
標高210メートルの峠です。

昔から交通の要衝として知られています。峠越えとして最も古い道が、



    細道への→

 蔦(つた)の細道、


     細道を行く1

         細道を登る2


     さらに進む3

          さらに登り道4


          さらに上へ5

『伊勢物語』(平安時代)の中で詠われた和歌が「つたの細道」名の
由来とされています。


その後1590(天正18)年の豊臣秀吉が小田原征伐の際に進軍さ
せるため別の道を整備しました。

これが旧東海道となり、蔦の細道に変わる峠越えのルートとなった
のです。 江戸時代になり人の移動が多くなると峠周辺には鞠子(ま
りこ)宿、岡部宿が置かれ、旅人などでにぎわいました。


「つたの細道」は廃道になっていましたが、昭和40年代ごろに復元
されました。


          細道案内板

蔦の細道(平安の道)から4つのトンネルまで、全て通行可能な状態
で保存されており、道の変遷を知ることができます。

東海道の交通を知る貴重なものとして2010年(平成22年)に国の史跡
「東海道宇津ノ谷峠越」に指定されました。



夢にだにみず 宇津の山越え


       kei_003.jpg

富士の煙はもう絶え果てて見えません。 もっとも「行方も知らぬ
わが思ひかな
」と詠んだ西行とは違って、私の場合は物思いを
重ねても何も残らない身であるから、煙の行方に重ねる甲斐も
ないと思われました。


 ところで、宇津の山(うつのやま)を越えた時に蔦や楓も見えな
かったので、どこが宇津の山とも知れず、判別もつかなかったの
を、ここで聞いたところ、なんとあの宇津の山はもう過ぎてしまって
いたのでした。


  言の葉も 繁しとききし 蔦はいづら 夢にだにみず 宇津の山越え
<コトニハモ シゲシトキキシ ツタワイズラ ユメニダニミズ ウツノヤマゴエ>

 (これまで歌などにたくさん詠まれてきた蔦はどこにあったのであ
  ろうか。宇津の山越えは夢にも見なかったよ


       kei_003.jpg



The place 清見が関

清見が関(きよみがせき)

清見関(きよみがせき)とは、駿河国庵原郡(現・静岡県静岡市清水区)に
あった関所の名称。 天武天皇在任中(673年 - 686年)に設置された。


関所があった所は清見潟へ山が突き出た所とあり、海岸に山が迫っている
ため、東国の敵から駿河の国や京都方面を守るうえで関所を置くのに格好
の場所であったと考えられる。



1020年、上総国(かずさのくに)から京へ帰る旅の途中この地を通ったことを
記した『更級日記(さらしなにっき)』(菅原孝標女)には

「関屋どもあまたありて、海までくぎぬきしたり (番屋が多数あって、海にも
柵が設けてあった)


と書かれている。 当時は海中にも柵を設置した堅固な関所だった。



清見寺(せいけんじ)の創立は、その関舎を守るため近くに小さなお堂を建て
て仏像を安置したのが始まりといわれている。


鎌倉時代になると、律令制が崩壊し経済基盤を失なったことや、東国の統治
が進み軍事目的としての意味が低下したため、関所としての機能は廃れて
いった。



『とはずがたり』に「清見が関」を月のもとに越えてゆくとあるのは、
現在の清見寺(せいけんじ)あたりを通っていると考えられる。


  国道1号線・東海道
         清見寺前の 東海道 - 国道1号線


  街道沿いに階段

         階段をあがっていくと、



  間に線路を挟む

         線路(東海道線)を挟んで 向こうに清見寺(せいけんじ)


  境内1



  境内2




  背後の山へ
        お寺の裏山へ登る、五百羅漢の階段



  海を見る1

        お寺の屋根越しに、清見潟の方面が見える。


  中腹から屋根越しに海2

        もう少し登ってみる。 現在では高架自動車専用道路や
        高い建物、倉庫、船、クレーンが邪魔をしているけれど、

        三保の松原も同じで、「清見が関」(清見寺)あたりの海の
        風景はすばらしかったと想像される。



    清見寺 アクセスマップ   (← 上 クリックでご覧下さい)


The place  八橋 が 清見が関 の前

  
 
 赤坂消去地図
   

  清見が関・浮島


上 Ⅱの地図に「清見が関」、続いて「浮島が原」が記されている。

道中は、上Ⅰの地図に続いているのだが、「熱田」「鳴海潟」の後が
「清見が関」さらに「浮島が原」へと進んだという。

その間の「八橋」と「宇津の山」については、通過地点として地名が
記されているのにもかかわらず、順番が違っている点に注意したい。


まず「八橋」だが、「逢坂の関」を出て最初の宿泊地「鏡の宿」から
次に泊まったのが「美濃の国赤坂」だった。

赤坂の遊女と歌を詠み交わすなど、心に残る交流があった翌日に
「八橋」という所に着いたとあるのだ。そこで、『新編古典文学全集』
は頭注に<「美濃国赤坂」は「三河国赤坂」と混同したものか。>と
間違いの因、一説をあげている。

『とはずがたり』では「美濃の国赤坂」とはっきり書きながら、旅程の
順番を違えているのは、地図Ⅰの桃色四角に位置する「三河の国
赤坂」と違えているのではないかというのである。


兎に角、「熱田社」「鳴海潟」の前に「八橋」を通るのはおかしい。

本当にそこは歌枕「八橋」だったのだろうか。

八橋といふところに着きたれども、水ゆく川もなし。橋もみえぬさへ
友もなき心地
として歌を詠んでいるけれど、そこが「八橋」だと思い
違いをしているということはなかったのだろうか。


「宇津の山」については本文に述べられた後のThe place に譲るとして、
1月下旬に訪ねた「八橋」 現、愛知県知立市。無量寿寺、在原寺をここ
に挙げておきたい。





   無量寿寺
         無量寿寺



   1月25日かきつばた園
        かきつばた園


   在原寺
        在原寺


      信号八橋町


        「八橋伝説の地」碑
         「八橋伝説の地」碑

     業平塚
         「業平塚」



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プロフィール

雅忠女

Author:雅忠女
正嘉2年(1258)生まれ。父、村上源氏・久我雅忠〔中院大納言・正二位〕 母、四条大納言隆親の娘。
二歳で母と死別、四歳より後深草天皇の宮廷で育つ。十四歳から、後深草院に上臈女房として出仕、併せて院の寵愛を受けることとなる。三十二歳の時、出家のうえ諸国行脚の旅に出る(先人西行に倣った旅と跋文に記す)。

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