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2019-08

伏見で御所さまと語り明かした後、再び伊勢へ


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さて、このようにして年がたつうちに、再び思い立つことがあって伊勢に
向かうことにいたしました。



それにしても、「二見の浦」というところは、伊勢の神である天照大神も
二度御覧になったことから「二見」と申すということでございます。

私もいま一度「二見」に参詣し、また生死の迷いからも覚めるよう祈誓
申し上げようと思い立ち、奈良から伊賀越えをして向かったのですが、

まずは笠置寺と申す所を過ぎて行ったのでした。

                                 [巻四 完]

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御所さまとのお別れに

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昔から何ごとも、人目に「まあ、これはどうしたことだ」と思われる待遇を
受けるようなこともなく、

「これこそ」などと言うほどの名誉な思い出があるわけでもございません。


にもかかわらずこの時に御所さまには私をいとおしむお気持がお起こり
になったのだろうと思われたことです。



過ぎてしまった昔のことも今さらに思い出されて、何となく忘れ難いことで
ございました。

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御所さまは、ご存じであった!

  
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思いがけずお言葉をかけていただくだけでも、それがほんのわずか
なお情けであったとしても、どうしてうれしくないことがありましょうや。

ましてや、親身にご配慮くださったお気持の深さは、他人が知るはずも
ないことまでもご心配くださったので、

身に余るほどありがたく思われたのでした。

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御所さまから 贈り物

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やはり私が墨染めの尼姿であることも遠慮されるので、急いで退出した
のですが、その折りにも御所さまが、

「きっと近いうちにもう一度逢おうな」

とおっしゃっられたそのお声は、私の死出の道しるべにもなるであろうか
とさえ思われたことです。


御所さまは、都へお帰りの後、意外な方面から私の所へ使いを下されて
お心のこもった贈り物をお見舞いとして下されたのは、まことにかたじけな
いことでございました。

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御所さまの述懐・続

続けて、

「そなたが、このようにまで私のことを心に深く思っていてくれたと
 は・・。

私がまるで知らずに過ごしてきたことを、八幡大菩薩が初めて私に
知らせようとなさったからこそ、石清水のお山で、そなたを見つける
ことになったのであろうな」

などと御所さまはおっしゃったのでした。


西に傾いた月が、山の端にかかって、やがて沈んでいく。そして、東の空に出た朝日
は、だんだん光を差し始めるまでになっておりました。


御所さま の 述懐


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私の話をお聞きになっておられた御所さまはどのようにお思いに
なられたのでしょうか、

しばらくは何もおっしゃることもございませんでした。


暫くして、御所さまが

「何ごとも、こうであると思い込んでしまうのはよくないことである
なあ。

そなたが母に先立たれ、父と死別してしまった後は、本当に私だ
けがそなたの面倒を見なければならないという気持でいたものを、

あのように事態がくい違っていったことで、まったく二人の因縁は
浅かったのであろうと私は思っていたのだよ。

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重ねて 二条尼 の誓い

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そこで、続けて私は

「長く生きようなどとは思っておりませんが、今はまだ四十にもなっており
ませんので、この先のことは分かりません。

しかし、今日の月日のただ今までは、古くも新しくもそのような契りは一切
ございません。


もし偽りを申しましたならば、わたしが頼みとします二千日にも及ぶ一乗法
華経の転読や如法写経の勤行として幾たびも筆をとり写経した功徳も、そ
のままそっくり冥土の土産、ただのお荷物となってしまうことでしょう。



望むところはただむなしくなって、そのうえ弥勒菩薩が世に出でたもう竜華三
会(ゆうげさんね) の暁の空を見ることなくて無間地獄に沈み、

絶え間ない苦しみを受ける身となるにちがいございません」


と申し上げました。        (♯`∧´) 


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御所さまのお疑い

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都の内でも、もしこのような契りがございましたならば、二人で袖を
重ねて寝ることで、寒い霜夜の山風も防ぐこともできましょうが、
そのような友さえもございません。


私を待っていてくれると思える人もいないにつけても、春には花のも
とでただいたずらに日数を過ごし、秋には紅葉のもとで野原の虫が
霜にあい、すがれた声で鳴くのを聞いてはわが身の上と悲しみなが
ら、だれもいない野辺で草を枕として夜を明かすこともございました」


などと、申しあげますと、御所さまはまた、

「修行の時のことは、潔白に多くの社の御名をかけて誓ったけれど、
都の内のことについては誓いがないな。それは、古い関係を復活し、
親しくしている者があるのであろうよ」


などと、仰せられるのでした。

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二条尼 の弁明


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ある時は僧房に逗留し、ある時は男たちの中に立ち交わりもいた
します。 

和歌の道をたしなみ、風雅の情を慕う者のいる所には、いく晩もと
どまって日数を重ねもいたしましたので、怪しみ申す者が、都でも
田舎でも、数多くございました。



けれども、私に限りまして情を交わすなどということは一切ございま
せん。

なかには、修行者とか、ぼろんじとか、そういう風情の者に行き会い
などして、思いもよらない契りを結ぶ例もあるとか聞きますけれども、

私にはそのような縁もないのでしょうか、いたずらに袖を片敷く独り
寝をいたしております。

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お別れした後は


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思いがけずもお別れ申し上げることになりまして、いたずらに
多くの年月を送ることとなりました。

その間、帝や上皇様の行幸にお会い申す折々には、昔を思う
涙で袖を濡らし、叙位、人事にともない他家の繁盛、かつての
同僚女房の昇進を耳にするたび、心を痛めないということはあ
りませんでした。


そのような迷いの気持が収まると、今度はわが身の不幸を思っ
て涙が湧いてきますのもいたし方ございません。

もしやその思いをさますこともあろうかと、私はあちこちをさま
よっていたのでございます。

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プロフィール

雅忠女

Author:雅忠女
正嘉2年(1258)生まれ。父、村上源氏・久我雅忠〔中院大納言・正二位〕 母、四条大納言隆親の娘。
二歳で母と死別、四歳より後深草天皇の宮廷で育つ。十四歳から、後深草院に上臈女房として出仕、併せて院の寵愛を受けることとなる。三十二歳の時、出家のうえ諸国行脚の旅に出る(先人西行に倣った旅と跋文に記す)。

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